グレース公妃物語
モナコの国土は、世界で2番目の小ささです。
それにも関わらず、これだけ世界的に国の名が知られているのは、元ハリウッド女優で
後にモナコ公妃になった、グレース・ケリーによるところが大きいと言われています。
1955年にアカデミー賞主演女優賞を獲得したグレース・ケリーは、その年のカンヌ
国際映画祭でモナコのレーニエ公と会談することになり、二人はすぐに恋に落ちました。
結婚はその翌年、1956年のことです。
それ以降、グレース公妃は女優業とはきっぱりと決別し、モナコ公妃として、
公務に励む道を選択します。
絶世の美女であることは既に世界中に知られていましたが、彼女は外交や社交の場で、
その魅力を存分に発揮しました。
また、グレースはモナコという国の存在を世界的にアピールし、その結果、
世界中の人々がモナコという国を知ることになりました。
グレース公妃は、映画女優として得た名声をモナコ繁栄のために役立て、見事にモナコの
イメージアップ大使としての役割を果たしたのです。
現在でも、モナコにはグレースゆかりの観光地が至るところに存在します。
花を愛したグレースはバラの花園を作り、毎年120種類のバラの花を咲かせます。
また、現役を引退しても変わらず演劇や舞台を愛したグレースは、グレース公妃劇場の
設立をしました。
グレースの存在なしで、現在のモナコの繁栄はなかったのかもしれません。